私は何一つ悪くない
- 2024.03.31
私が小学生の頃、自転車の鍵をかけ忘れてしまい、自転車を盗まれてしまったことがあります。両親にしこたま叱られましたが、内心、まったく納得できませんでした。
私には一片の非もない。鍵をかけ忘れたことで、誰かに迷惑をかけたわけでも、法に触れたわけでもない。どう考えても自転車を盗んだ人間が100%悪い。なぜ私が怒られなければならないのか?親子という上下関係にねじ伏され、不条理を受け入れるしかありませんでした。
私は何一つ悪くないですよね?
私の愚痴を聞いてくださりありがとうございました。今回はこれで終了です。
ただし、「いや、自転車の鍵をかけ忘れたお前も悪い」などと、理不尽な叱責に加担される方がもしいらっしゃったら……居残りです。話があります。
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私が受けた理不尽な仕打ちを、可哀そうだと思ってくれた方。お帰り下さいね。
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さて。
「正論を振りかざしてご満悦の意識高い系風な方々」通称:正満意団、はいなくなりましたので、話を続けましょう。
大人になれば分かります。やはり、鍵をかけ忘れた私は叱られて当然です。自身の安全と財産を守る為に払うべき、最低限の注意を怠ったからです。
世の中、正論を振りかざすだけでは割り切れない、解決できない、回避できない、現実問題で溢れています。例えば、横断歩道は歩行者優先だからと言って、子供に「横断歩道があったら、あなたは堂々と渡ればよい。止まらない車が100%悪い」などと教える親がいるでしょうか。子供の事故を防ぐためには、運転者側に道路交通法の順守を主張するだけでなく、子供たちに「右見て左見て右見て、車が来ないことを確認して渡りましょう」「もし車が来ていたらいったん待ちましょう」と注意を促すべきです。
同じく、いじめや痴漢。公には「加害者が100%悪い」ということになっていて、それ以上の議論が許されません。しかし、自転車の鍵をかけ忘れた私のように、何一つ悪くなくても、被害を防ぐためにできたことはあるはずです。いじめや痴漢の被害を防ぐためには、どんな対策ができるのか。被害者側で出来る対策を考えるために、「いじめられた」「痴漢にあった」側の要因も考察すべきです。
にもかかわらず、正満意団の方々が「いじめられる側にも問題があるような言い方は許されない」「痴漢された側にも原因があるような表現は痴漢擁護に当たる」と思考を止めてしまいます。当事者が良い悪いの問題ではなくて、世の中には法や倫理を破る悪人や理不尽が存在するのです。「何一つ悪くない私は、一切対応する必要はない」などと埒が明かないことを言わずに、身を守る方法を考えた方が建設的です。
そもそも加害者の罪は、被害者の要因にかかわらず、いささかも軽くならないわけで。大切なのは・・・
・・・ん?
この中に、正満意団が紛れ込んでいるようですね!
では、炎上する前に解散!!